

記憶は隠れ続ける | Memories that keep hiding
《Instant traces》にて、私は主要なヒロシマの記憶について取り扱った。私は広島市内から100キロ以上離れた場所で育った。私がこれまで育ってきた場所にも、ヒロシマの記憶は存在するはずだと考えた。そのため、今度は私の育ってきた場所でのヒロシマの記憶を見つけることを目的とした。
《記憶は隠れ続ける》では、戦前に生まれていた女性 2人に当時の生活についてインタビューを行い、インタビューのアーカイブ映像をもとに映像作品を制作した。インタビューの回数は一回で、それぞれ 2時間 の長いインタビューとなった。制作時、インタビューは難航した。それは、女性 2 人とも「ヒロシマ」のこと、を問うと「自分たちには話せることはない」と顔を顰めてしまったからだ。しかし、彼女らの幼少期の生活には、私から見れば「ヒロシマ」の記憶と思えることがあった。彼女たちはよく「ヒロシマ」の話をする際に、被曝経験の差によって線を引いていた。それは、経験と知識の差であるだろうが、彼女らが「ヒロシマ」に対し、経験と知識を中心に考えてしまうことは、マスメディアの情報によってつくられているのかもしれない。マスメディアの情報と自身の経験や知識を照らし合わせ、語ることが億劫になっているのかもしれない。「ヒロシマ」という記憶が忘れ去られずに残すためには、ある「ヒロシマ」を仮定しなければいけない。しかし、「ヒロシマ」の記憶を残すためには、「ヒロシマ」ではない「ヒロシマ」を忘却してしまうというジレンマがあることを感じた。
《記憶は隠れ続ける》は 2 人のインタビューで構成されている 2 チャンネルの短編映像作品である。それぞれのインタビューに合わせて映像を分けている。
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